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アラウージョ(Clemerson de Araújo Soares、1977年8月8日 - )


ブラジルでプロになった当初は体重50kg程度と余りに痩せていた為、
大成するとは期待されていなかった。
しかし徐々に頭角を現し、強豪ゴイアスECに移籍するとエースとして大活躍。
ゴイアス時代の通算136ゴールはチーム歴代トップ、
『ゴイアスの至宝』『マタドール』との異名をとり、
ブラジル代表にも選出された。


2004年、清水エスパルスに入団。
この知らせを聞いた当時名古屋グランパスエイトの所属だったウェズレイが、
「あんな凄い選手がJリーグに来るのか」と驚嘆したと言う。
しかし2004年シーズンは、環境の変化に戸惑い、
シーズン途中で一時はスタメンを外され、本人にとっても不本意な1年を過ごした。


2005年1月、ガンバ大阪へ完全移籍。
この時アラウージョは映画「ラスト・サムライ」に深く感銘し、
トム・クルーズの風になびく長髪にあこがれて付け髪でプレー。

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彼はサムライが敵を斬りまくるゲームソフトをこよなく愛し、
3部作すべてをクリアした筋金入りのサムライ好きである。


ガンバ大阪に移籍してからは獅子奮迅の活躍を見せる。
重要な試合で次々とゴールを量産した。


そのパワーの源となっていたのが、意外にも吉野家の豚丼だった。
同僚のフェルナンジーニョに至っては
「あの味がたまらない」と自宅にテイクアウトするほどであった。


そしてチームをリーグ初優勝に導き、自身も33ゴールを挙げ、Jリーグ得点王に輝く。


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しかし故郷ブラジルで実父が病に倒れ、ガンバ大阪から離れることを決意。


1年でクビになった清水では話し相手もいなかったが、ガンバ大阪は違った。
チームメイト達は自分を暖かく迎えてくれた。


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宮本がイタリア料理店で開いてくれたお別れ会では
「いつか代表で対戦しよう」と約束した。


フェルナンジーニョは「ブラジルでは食べられないよ」
と吉野家の豚丼を買ってきてくれた。
甘いにおいに涙が出そうになったが、こらえて食べた。


最後の試合となった天皇杯5回戦の柏戦で2ゴールと逆転勝利に貢献。
抑えていた感情が試合後のロッカー室で爆発した。
西野朗監督と抱き合い、2人して泣いた。






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