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アルフォンソ・ソリアーノ  右投げ右打ち


プロ野球選手としての経歴は日本の広島東洋カープから始まる。
同球団が所有するドミニカ共和国の野球スクール「カープアカデミー」で
才能を認められ来日。
広島時代の背番号は74


1996年はカープの二軍に在籍。成績は68試合に出場し、
打率.252、本塁打8、34打点。
その年、
彼はあまりの空腹に耐えかねて、
寮の周りにいたハトを食べようとし、
「ピースバード!(平和の鳥)」
「食べちゃーいけんじゃろ!」
と周囲に説得され、しぶしぶ納得。


1997年に一軍登録され9試合出場。17打数で2安打。
当時は身体が細かったが、このときからすでに振り回すバッティングフォームであった。
また当時は足が遅いことで有名だったためあだ名は
ロバと呼ばれていた。


1998年、球団は4万5000ドルを提示したがソリアーノは16万5000ドルを要求
(9試合しか出場していないとはいえ、外国人とは思えない年俸の安さ)。
「ドウシテボクダケミンナトチガウノ?」
彼は人種差別を訴え、年俸調停を申し立て
球団と揉め広島東洋カープを任意引退選手扱いとして退団。


その後、ドミニカに戻り野球に興じていたソリアーノの素質を
ニューヨーク・ヤンキースが見抜き契約した。


そしてメジャー昇格後の活躍は大変すばらしい。
今季、
史上最速で「通算200本塁打、200盗塁」をクリアした。
それに加えて、ボンズやAロッドなどの超一流選手しか成し遂げていない
史上4人目の「シーズン40本塁打、40 盗塁」を達成。
全米ではイチロー以上の話題の選手である。


 


【コメント】


私、リリーは幼少時代から大のカープファンであり、球場へもよく足を運び応援したものである。そして私は1997年、たった9試合しか出場していない彼の試合をたまたま見に行った。


皆さん広島の応援スタイルを思い出してほしい。


(ラッパにあわせ、スクワットしながら)
『まえだ・まえだ・まえだ・まえだ・まえだー!・まえだー!


これがソリアーノだと
『ソリアーノ・ソリアーノ・ソリアーノ・ソリアーノ・そりあのー!そりあのー!


ソリアーノの場合、この太字の部分がいかんせん応援しにくい。

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